渋滞に巻き込まれて


「ドライブに行こう」と言い出したのは啓介くんだった。
啓介くんとその彼女の恭子ちゃん、そして涼ちゃんと彼の恋人である私の四人で、所謂ダブルデートをしようということになったのだ。
赤城山から近い地元の観光スポットを巡り、その近所の旅館で一泊するという計画を立てたのは啓介くんと恭子ちゃんで、行きは涼ちゃんが、帰りは啓介くんが運転することになった。

「二人きりじゃないから、少し騒がしいかもしれないが……」

楽しそうに一泊旅行の予定を語り合っている啓介くんたちを見ながら、涼ちゃんが苦笑交じりに呟く。
私は大丈夫、というふうに首を横に振った。

「涼ちゃんと一緒にいられるなら、私はそれだけで充分だから」
…」
「旅行、楽しみだね」

そう言って笑顔を向けると、温かな微笑が返ってくる。

「そうだな」

―――こうして、私たち四人は一泊二日の小旅行へと出掛けた。
自分の身に降りかかることになる悲劇など、露程も知らずに。





その出来事は、行きの車の中で起こった。
出発地から目的地までは、順調に行けば約二時間の道程である。
運転を涼ちゃんに任せて、助手席に座った私と後部座席に座った啓介くん、恭子ちゃんのカップルは、ジュースやお菓子を絶え間なく食べながらはしゃいでいた。

「それにしても、進まない…」

涼ちゃんが苦笑交じりに呟いたのは、出発してから1時間も経った頃だろうか。
高速道路に入って少しのところで、それまでスムーズに走っていた車がいきなりノロノロと速度を緩め、ついに全く進まなくなってしまった。

「渋滞に巻き込まれたみたいだな」
「事故でもあったのかな……」

助手席に座っている私は、運転席の涼ちゃんとそんな会話を交わしつつ、しかしその時はまだ、すぐにまた車は動き始めるだろうと楽観視していた。

軽く尿意を覚えたのは、その三十分後ぐらいだったと思う。
持ってきた菓子類の半分近くを食べつくし、後部座席の啓介くんと恭子ちゃんは満腹になったのか、眠たそうにうつらうつらしている。
私は背後を気にしつつも、そっと運転席の涼ちゃんに声をかけた。

「涼ちゃん、次のドライブインに寄ってもらっていいかな?」
「それは構わないが……どうかしたのか?」
「ん、ちょっと、トイレ……」
「そうか…。でもこの調子だと、まだ暫くかかるぞ」
「うん、大丈夫」

すぐに渋滞は改善されるだろうとタカを括っていた私は、明るく返事をする。
ところが、それから一時間近く経っても、車が動き始める気配はない。

「ねぇ、涼ちゃん、あとどれくらいで着くの?」

そう訊ねた時の私の声は震えていて、その切羽詰った雰囲気が、却って後ろの二人にトイレを我慢している事を知らせることになった。

「何?便所の話?」
「確かこの先にあったような……」

恭子ちゃんがもごもごと口を開く。
ハンドルを握る涼ちゃんも、「あと5キロくらいの所にドライブインがある筈なんだけど…大丈夫か?」と心配そうに呟いた。
私は頷くしかなかったものの、その5キロが全く進まない。
その頃には、痛む程に張った下腹部を持て余しながら、ゆっくり肩で息をしなければならない程になっていた。
少し動いてはブレーキを踏む車の振動さえ、下腹部に響く。

(どうしよう……。このままじゃ、ドライブインに着く前に、絶対に限界が来ちゃう……)

親しい女友達や家族と一緒なら、まだ救われたかもしれない。しかし隣には恋人が、後ろにはその弟カップルがいるのだ。

(車の中で漏らしちゃったりしたら、みんなに迷惑かけちゃうよ……)

そう考えると、全身に鳥肌が立った。思わず前のめりになる。

「ね、ねぇ涼ちゃん、まだ着かないの…?」

私の声はさっきよりも更に震えていた。
恭子ちゃんがおずおずと身を乗り出して、言い難そうに私の耳元に唇を寄せる。

「ねぇちゃん、気の毒だけど、万が一の用意はしといたほうがいいよ。この感じだとドライブインに入っても、パーキングまで長蛇の列だと思う」
「え、万が一の用意って……?」

私は真っ青な顔で訊き返した。

「この際仕方ないよ。後はいかに被害を小さくするかじゃん。ちゃん、スカートを上げて下着を脱ぎなよ。それで足の間にバスタオル当てて、そこにするの」
「そ……そんなこと……」

できるわけがない、と半泣きで首を横に振ると、恭子ちゃんが「でも車のシート汚したら、そっちのほうが大変なんだよ」と諭すように言った。
私は車を運転しないからわからないのだけど、座席を洗うのはとても大変な作業らしい。

「こないだ、うちの姪っ子もやってたの。スカートと下着はせめて守れるから」
「それがいいよ、サン。俺たちは見ないようにするし……」
「バスタオルにすれば意外と音も聞こえないよ」

恭子ちゃんと啓介くんに交互に急かされ、追い詰められていた私には躊躇している時間はなかった。
後部座席で恭子ちゃんが、私のボストンバッグからバスタオルを探し出して手渡してくれる。

「早くしちゃいなよ、ちゃん。結構ギリギリなんでしょ?我慢のし過ぎは体に毒だよ」

背中で恭子ちゃんが言う。
確かにそうなのだが、隣に好きな人が座っているとなるとどうしても躊躇してしまい、手が止まった。
涼ちゃんのほうをちらっと盗み見ると、彼は気を利かせてくれているのか、窓の外を見ている。
最早トイレに間に合わないのはわかっているし、このままだとスカートも下着も座席のシートも全てダメになると頭では理解しているのだけど、涼ちゃんの隣で、しかも彼の兄弟やその彼女のいる車の中でショーツまで脱ぐ勇気はなかった。

―――結局、私は下着はそのままにして、スカートの中に急いで折り畳んだバスタオルを入れた。ショーツの上から股間に押し付けると、溜まっていたものが堰を切ったように溢れ出す。

「あ…やっ……」

確かに音はしなかったが、自分では放尿の感覚がわかるだけに、途方もなくいたたまれない心地で私はスカートの上からぎゅっとタオルを抑えていた。
ショーツがぐっしょりと濡れていき、やっぱり言われた通りに脱いでおけば良かったと、今更ながらに後悔する。

「うぅ……」

恭子ちゃんが、「大丈夫?」と言いながらビニール袋を差し出してくれた。これに用済みのバスタオルを入れろということなのだろう。
全て出し終え、水分を吸ってずっしりと重くなったタオルを手早くその中に入れた。
幸い、ショーツが吸い込んだ尿がシートにまで浸み込むことはなさそうだったので、漸く息をつく。
そして我に返り、あまりの恥ずかしさに零れる涙を止めることができなかった。

ちゃん、大丈夫だよ。泣くことないって」
「だって……」

濡れた下半身が徐々に冷たくなるのにつれて、惨めさがどんどん増していく。
ボロボロと泣いていたら、不意に、パサリと何かが膝の上に被せられた。

「……?」
「冷えて風邪でも引いたら大変だから、何か掛けておいたほうがいい」

どうやら隣の涼ちゃんが、自分のパーカーを掛けてくれたらしい。
漏らしたことについては何も言わないんだ…と思うと、その気遣いにまた涙腺が緩んだ。

「ふぇ……」

噛み締めた唇の間から情けない泣き声が洩れて、私はなすがままに嗚咽するしかなかった。





数時間後、何とか渋滞は緩和され、車は無事に、目的地の温泉宿に着く。

、まだ塞いでるのか?」

あの失禁以降、泣いてばかりで一言も口を利かなかった私に、涼ちゃんがそっと声をかけた。

「だって……。涼ちゃん、ドン引きしたでしょう?」
「何だ、そんなこと気にしてたのか」
「うん……」

こくりと頷くと、「馬鹿だなぁ、は」と笑いを含んだ声と共に頭を撫でられる。

「あれくらいのことで冷めたりなんかしないよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」

良かった…という呟きは、声にはならなかった。
私は再びこみ上げてきた涙を拭うこともせず、立ち尽くしたまま泣いた。



三和エロティカ『失禁少女の基礎知識』にあった体験談をもとに、夢小説を。