ドアの向こう

パパがママをだれよりもあいしているのだということは、小さなころから知っていました。
ある夜、わたしはおトイレに行こうとしてぐうぜん、パパとママのしんしつのドアがすこしだけ開いていることに気付いてしまったのです。


「小次郎……」

ひろいダブルベッドの上、シーツを纏って重なり合っているのはパパとママ。ふたりともお洋服は着たままで、ただパパがママに話しかけているだけのようにも見えました。
わたしはさいしょ、気遣わしげにママの名前を呼ぶパパの声を聞き、ママはお風邪でも引いたのかなぁ、としんぱいになって、ドアのすき間からおへやの中を覗いたのです。おトイレに行こうとしていたことはすっかり忘れてしまってました。

「なぁ、いいだろ?」
「ぅ、ん……」

パパの声は低く甘く、聞いているだけでカクン、と腰がくだけてしまいます。わたしはずるずると廊下の床にすわりこんで、ひざをついた状態で、おへやの中を覗いていました。ふいにじんわりとパンティが湿ってゆく感じがして、ああおちびりしちゃったんだ、と思いました。早くおトイレに行かなきゃぜんぶおもらししちゃうとわかっていたのに、それでも、立ち上がることができません。

「ね、ぇ……」
「うん?」
「その前に、お手洗いに行かせて……」
「なんだよ、我慢してんのか」

ママが小さくこくりとうなずいています。ママもおトイレがまんしてるんだ。パパの前でうなずくママは、幼稚園のおともだちみたいでした。せんせいにきかれてはずかしそうにうなずくおともだちのだれか。わたしはいわれるまえにおトイレはすませておくから、せんせいにそんなしつもんをされたことはないけれど。

「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
「ええー、ダメだよ、途中で我慢できなくなったらどうするの」
「いいだろ、家なんだから」
「やだ、わたしが恥ずかしい」
「でも、俺はもう限界」

けっきょく、パパはママをおトイレに行かせないまま、唇に、首筋に、キスの雨を降らせます。さいしょはていこうしていたママだけど、あぁ、としあわせそうなためいきをついて瞳を閉じました。ながい睫毛の立てる羽音が、遠くにいるわたしのところまで届いてきそうです。
パパのあまい声、ママのしあわせそうな声、どちらも耳に残って離れない。きづけば、わたしはまたすこしだけ、下着をぬらしてしまっていました。

(どうしよう、はやくおトイレ行かなきゃ……)

そうわかっているのに、覗くことをやめられません。それに、まだふたりともお洋服を着ているので、なにをしているのかよくわからなかったのです。エッチなことははだかになってやるんだって、幼稚園で同じクラスの男の子が得意げに話していたから。

「あっ……!そんなとこ触っちゃ、ダメ、だってばぁ……」

いつものてきぱきしたママからは想像できない話し方。なんだか赤ちゃんみたい。パパとお話しするときの、わたしみたいな。パパはねんのため、というふうに、ママにかくにんしています。

、トイレ平気?」

我慢できる?
ああ、パパはわたしとおねえちゃんにもそうやって、よく聞いてくれるのでした。ママがいつも、「女の子は男の子と違ってお外でおトイレできないんだからね。今は行きたくなくても念の為に行っておかなきゃダメよ」ってちゅういするから。
だけどそのママは、

「うん、だいじょうぶ」

と答えています。ほんとうかなぁ。幼稚園で、せんせいにそう訊かれてだいじょうぶだって答えるおともだちのほとんどが、しっぱいするのに。それとも大人になると、どんなにながい時間でもがまんできるようになるのでしょうか。
やがて、パパの手がママのパジャマの中にさし入れられ、遠目に見てもわかるママのさくらんぼみたいな唇から、あまやかなためいきがこぼれます。

「あぁ……」

しあわせの真っただ中にいるような、とろけるような声。二人がしばらく抱き合っているのを、わたしは音を立てないように息を呑んでながめていました。
おトイレのことも、すこしぬれたパンティのことも、いつしかすっかりわすれてしまっていました。

「や、ぁっ……。お願い、それ以上はヤメて……」
「どうしたんだよ」

パパのはっきりした声ではっとしました。どうやら、わたしもぼうっとしていたようです。

「やっぱり、その……。お手洗い行きたい……」
「はぁ、今更……」
「ごめん、でもこのまま続けてたら、あまりにも気持ち良くて」

おもらししちゃいそうなの。
もしも、とわたしは考えました。もしもクラスに今のママみたいな女の子がいたら、男の子はひと目で好きになってしまうと思います。それくらい、恥ずかしがっているママは可愛かったから。レースとフリルがふんだんにあしらわれたネグリジェは、ママを絵本に出てくるお姫様のように見せていました。パパが夢中なのも無理はないのかもしれません。

「なんだよ、今の、反則……」
「え?」
「いや、可愛過ぎて」

パパはママにおトイレの許可を出さずに、そのままベッドにおしたおしました。

「小次郎……」
「いいよ、俺しか見てねぇんだから、どうせ」
「やだっ。わたしは恥ずかしいもん……」

いつの間にか、シーツが剥がれて絡み合う足があらわになっています。わたしはパパの大きな手がママの腰の辺りに触れたのを見て、ゴクリと音を立てて唾を飲み下してしまいました。

「そんなトコ触っちゃ、駄目ぇ……」

ああっ、という絶望的な悲鳴と共に、ママが小さくからだをふるわせます。

「ちょっと、出ちゃった……」
「そうか?全然濡れてないけど」

たしかに外から見てもママがおちびりしたということはわかりません。でもきっと、今のわたしとおなじで、パンティのまんなかはぐっしょり濡れてしまっているのでしょう。

「やめて、確認しないでよっ」
「ほんとだ、すげぇ濡れてる」

パパは低く笑って、ママのパジャマの裾から指を抜きました。恥ずかしいよ、とママが両手で顔を覆っています。

「どうする?やっぱトイレ行っとくか?」
「うん、そうする。全部漏らししちゃったら、シーツ換えるの大へ……」

その時、ママが寒さに耐えるように大きく身震いしました。

「嫌っ……」

慌てて飛び起きて、ネグリジェの裾の辺りをつかんでいます。

?」
「……」

黙ったまま、口元を押さえて固く目を閉じているのを見て、わたしは悟りました。

(ママ、おもらししちゃったんだ……)

パパはぐあいが悪くなったと勘違いしたみたいで、「、気分でも悪くなった?」とやさしく声をかけています。ママはふるふると首を横に振りました。あまりにも同じ体勢でいるので、パパもようやく気付いたのでしょう。

「もしかして、全部出たとか?」
「ぅ、ん……」
「我慢できなかった?」

パパの口調はわたしに言うときとおなじ。ママはちいさく頷いて、声を上げて泣き始めました。体当たりするように抱きついてきたママを、パパはしっかりと受け止めます。

「ふえぇぇん、ごめんなさい……」
「いいって。俺も意地悪しちまったな」
「そうだよ、小次郎がお手洗い行かせてくれないからぁ……」
「わかったって。悪かったから、泣くなってば」

着替えような、風邪引くから。
パパはやさしくママの体を引き離して、床に立たせました。ネグリジェの裾、白く覗くくるぶしを伝って、ぽたぽたと落ちる雫。

(ママほんとうに、おもらししちゃったんだ……)

おとななのに。ママなのに。パパがせんたくするシーツでてばやく足を拭いたあと、「タオル取ってくるから、ちょっと待ってろよ」とママの髪を撫でてあげています。ママは、おもらしのあと始末をパパにしてもらう小さな子どもみたい。

(あ、見つかっちゃう……)

わたしはあわてて立ち上がろうとして、足がしびれていることにきづきました。

「えっ……」

にぶい音を立てて、ひざから床にたおれ込んでしまいます。ちょうど、パパたちの寝室とわたしのお部屋は一つとなりなので、お部屋から出てきたパパには、わたしが廊下で転んだように見えたかもしれません。

!?」
「パ、パパ……」

でも、それ以上は顔を上げられませんでした。なぜなら、わたしもその場で、おもらししていたのです。生温かい感触がパジャマのズボンいっぱいにひろがってゆくのを、じっと我慢することしかできません。

「ご、ごめんなさい……っ!」
「いや、それよりも大丈夫か?すげー音したけど」
「へ、へいきだよっ……。でも、おしっこ、まにあわなかったの……」
「うん、見たらわかる。転んだ拍子に出ちゃったんだな」
「う、うん……」

まさか覗いていたとは言えないので、わたしはこくりと頷きました。

「ちょっとここで待ってろ、

パパは寝室に取って返すと、ママに二、三言何か囁いています。きっと、わたしまでおもらしして、お着替えしなければならなくなったことをつたえたのでしょう。ママは苦笑いしてうなずいています。

「ママも起きてるの?」

戻ってきたパパはわたしを抱っこして、二階にもあるバスルームに連れて行ってくれました。

「うん、ママはちょっと体調が悪くてさ」

とっさに、それはうそだとわかりましたが、それを言ってしまうと覗いていたことがばれてしまいます。わたしは話を合わせて、ママは具合が悪くなったんだと思い込むようにしました。

「ママ、ベッドに寝てなくてだいじょうぶ?」
「ん、ベッドはママが吐いちゃったからな。綺麗にしなきゃ眠れないんだよ」
「ええ、ママだいじょうぶ?」
「うん、ちょっと気持ち悪くなっただけだから大丈夫」

が心配してたって伝えておくから、と、わたしの頭をなでて、パジャマを着替えるようにとタオルをわたしてくれます。

「ちょっとママの所に行ってまた来るから」
「はぁい」

きっと今頃、ママも着替えていることでしょう。そう考えるとなんだかおかしくなります。

(ママったら、おとななのにおもらしして。しかも、パパまでいっしょになってないしょにしてる)

わたしはじぶんがおトイレに間に合わなかったことよりも、そちらのほうがたいへんなことのような気がして、夜のバスルームでひとり、小さくくすくすと笑いました。

平仮名メインで書くのって難しい。