女王様の失敗

大空疾風に初めての彼女ができた。お相手は学園一の美少女で成績もトップ、運動神経も抜群に良くて人望もある、まさにパーフェクトな女の子。彼女の父親は、今でも疾風の父・翼と一緒に日本代表選手としてプレーする日向小次郎で、彼女の名前は日向。幼い頃から家族ぐるみの付き合いが続いており、いつからかへの淡い恋心を自覚していただけに、付き合えるとわかった時は本当に嬉しかった。
順調に交際を続け、夏の全国少年サッカー大会も東邦学園中等部が全国優勝を飾った。おかげで期末テストの成績は散々だったのだが。

「サッカーとお勉強を両立させてる子だっているでしょう」
「まあ、そうなんだけど……」

は手を腰に当て、疾風の言葉に大袈裟に眉を顰めて見せる。
とにかくそういうわけなので補習を受けなければならない、とに告げると、夏休みのある日、彼女が勉強を教えてあげる、と言った。

「パパしかいないけど、疾風くんと勉強するって言ったら呼んでいいって」
「やった、おれも日向さんにちょうど話したいことあったし」
「え、パパに?」
「うん、東邦って日向さんが率いていた時はどんな練習してたのか、気になっちゃって」
「ああ、なるほどね……」

疾風は、自分のプレースタイルは天才と言われた父親の翼よりも、日向に似ていると思っている。サッカーのことを色々と語り合いたい。正直、同級生も他の同い年の中学生に比べたら上手いほうだけど、疾風のレベルでは物足りないのだった。





の部屋は広い。十二畳はある洋室に、シンプルな勉強机とローテーブル、ベッドが置かれている。しかも木目調の落ち着いたインテリアで統一されており、女の子の部屋というよりは、展示用のモデルルームみたいだ。

「妹の部屋はもっとキラキラしてるんだけど……」

は冷たいお茶を運びながら苦笑する。あんまり可愛くないお部屋だよね。疾風は、そんなことないよ、と力強く否定してから言った。

「なんだかちゃんらしいや」

空調がよく効いている室内はひんやりとして、歩いてきて汗ばんだ体に心地良かった。氷の浮かんだ冷たいジャスミンティーも美味しい。

「これ、美味しいね」
「ママが気に入ってるみたいなの。たくさん作ってるから、いくらでもおかわりしてね」

そう言って微笑うの顔は、驚くほど彼女の母親にそっくりだ。疾風でさえ見惚れずにはいられなかったあの人に。
いくらでもおかわりしてね、疾風くん。

さんにそっくりだ……)

その人は彼が食事をご馳走になる度に、今のみたいに笑って言ってくれた。

「あ、ありがとう」

は彼のそんな心中には気付いていない様子で、にっこりと笑顔を返す。

「じゃあ、お勉強始めましょうか」
「そうだね」

まずは数学から、とは丁寧な手つきで教科書を開いた。腕と腕がくっ付くほど密着すると、彼女の体からは甘い匂いがする。香水でもつけているのだろうか。

ちゃん、いい香りがする」
「きっと、シャンプーの香りだよ。甘い香りでしょう」
「うん」

静かな広い部屋にはノートにシャープペンを滑らせる音だけが響いている。ここにこの公式を入れて……。の声は厳かで、数字を司る神様みたいだと疾風は思った。





は緊張していた。好きな人が自室に来るということで、昨日は念入りに掃除をし、朝はいつもより時間をかけて身支度をした。お気に入りのブラウスとスカート。何度も鏡の前で髪を整えていたら、パパはちょっと面白くなさそうにしてたっけ。

ちゃん、この問題はどうやって解くの?」
「あ、それはね……」

ぼんやりしていたのを悟られないように、慌ててノートに視線を移す。その時、熱いくらいの疾風の肌に自分の素肌が微かに触れ合い、柔らかく湿った感覚に思わずどきっとした。これまで、異性といえば父親としか関わったことがない。

(疾風くんの体は、パパみたい……)

同じようにサッカーで鍛えているからだろうか。薄いTシャツの下にある引き締まった体躯、頼りになりそうな胸の厚み、長い脚の硬さ。キュッと、体の奥が抓み上げられるような痛みを覚え、は膝の上で祈るように両手を組んだ。握り締めた拳に、ぽこりと膨らんだ下腹部が当たる。

(あ、おトイレ行きたいかも……)

一旦そう意識すると、既に膀胱がパンパンに膨らんでいるのがわかった。さっきから緊張の余り、何杯も冷たいお茶を飲んでいるので当たり前だ。しかも室内は冷房がしっかりと効いている。
とはいえ十三歳、中学一年生という年頃の女の子にとって、異性の、ましてや初めてできた彼氏の前で「トイレに行ってくるね」なんて恥ずかしくて言えない。女子同士だって、水を流さないまま用を足しただけで、クスクス笑われるというのに。

(ギリギリまで我慢しよう。あとで、疾風くんがお茶のお代わりでもする時に済ませたら大丈夫よね)

しかし疾風はそこから俄かに集中力を発揮し、グラスに手を付けることもなく、一心不乱に教科書の練習問題を解いている。
はこっそり足を擦り合わせた。

(んっ、ちょっとキツいかな……)

スカートのウエストがパンパンに張っているのがわかる。それに微かにお腹も痛い。針で突いたら弾ける水風船みたいだ。握り締めた掌がじっとりと汗に濡れている。
チョロチョロ、と思い付いたように零れてゆく温い水。厚手の女児用ショーツは、おちびりした分を汗と一緒に吸収してくれるけれど、匂いが漏れないか心配になる。

(トイレに行きたいなんて、言えない……)

幻滅されたらどうしよう。オシッコするなんて汚いって思われたら嫌だし。逆にまだ小学校低学年くらいであれば、躊躇わずに「おトイレに行きたい」と言えるのかもしれないけれど、中学一年生は中途半端だ。思春期に片足を突っ込みかけていて、些細な感情の動きが面倒臭い。

(くっ……、はぁ、ぅ)

息遣いが荒くなってしまい、それを抑えようとすると更に体力を削られる。けれど隣に座る疾風は、何も気付いていないのか、サラサラとシャープペンシルを動かす手を止めなかった。





疾風はの変調に薄々勘付いていたけれど、問題がスラスラと解けるようになるとそちらのほうが面白くて、手を止めるのが躊躇われた。それに、なんだか肩で息をしているは妙に色っぽい。白い首筋がほんのりと桜色に染まっていて、いつも以上に綺麗だ。

(きっと、トイレ我慢してるんだろうな)

それなら我慢しないで早く行けばいいのに、と疾風は男の野放図さで思う。部活は男ばかり。「ちょっと便所行ってくる」なんて日常茶飯事で、「デカいほうか?」なんて揶揄い合いながら笑っている。けれど確かに女子は、に限らず、そっと恥らうようにトイレへと足を踏み入れているのだった。悪いことをしているわけでもないのに。

ちゃん、大丈夫?なんか苦しそうだけど……」
「う、うん、大丈夫。今日は暑いから、ちょっと疲れただけ」

無理をしているのはすぐにわかった。だからといって、ここで「トイレ我慢してるの?」なんて訊いたらデリカシーがないと嫌われるかもしれない。それに女王様みたいな彼女は、決して本当のことは答えない筈だ。
疾風もそれ以上は何も言えず、「そっか」と返事をしてノートに視線を戻した。正直、こうなってくると隣のが気になってしまい、集中できない。

(だって、なんだか喘いでるみたいだから……)

耳を澄ましていると、時折荒い吐息の中に、「あんっ」とか「いゃっ……」とかいう音が混じる。早熟したクラスの男子が見せてくれたエロ本に出てくる、性行為中の女性の姿にそっくりだ。
そこから更に五分ほど経つと、は必死にスカートの裾を引っ張って足がもじついているのを悟られないようにしている。羞恥に染まった横顔が酷く煽情的で、ふと、彼女はこのままお漏らししたらどうなるのだろう、と意地悪な疑問が湧いた。小さな子供みたいに泣くのだろうか、それともてきぱきと、学校の雑用を片付けるように掃除をするのだろうか。

(それはそれで、ちょっと見てみたいかも)

女の子がトイレを我慢している姿なんて間近で見るのは初めてだから、それは純粋な興味だった。
疾風が問題に集中するふりを再開してから五分も経っただろうか。

「は、あぁ……」

隣での悩ましげな声が聞こえ、彼女の体が小さく震えた。それを合図に、華奢な体から力が抜けていくのがわかる。静かな室内では、シャーッというくぐもった水音がはっきりと聞こえた。

「いや、止まって……」

は慌ててスカートを押さえているけれど、脚の隙間から流れてくる水が止まる兆しはない。

「や、あっ、疾風くん見ないで……っ!」
ちゃん……」
「見ないでええぇっ!」

顔を覆い、俯いて肩を震わせるの周りには、半径三十センチ以上はありそうな水溜りが拡がっている。スカートは湖の上に浮かんでいるみたいにぐっしょりと濡れ、その中で彼女が一回りも二回りも小さくなったように見えた。
ふわふわとした薄茶色の髪が横顔を隠して表情はよく観察できないけれど、体が小刻みに震えている。

(嘘だろう、あの完全無欠のちゃんが……)

こんなに頼りない姿を見せるなんて。今の彼女には学園の頂点に君臨する女子の威厳など微塵もなく、ただのお漏らしした小さな女の子だ。

ちゃん、大丈夫?」
「……っく、ふえぇぇ……」
「ちょっと待ってて、君のパパ呼んでくるから」

流石にまだ十三歳の疾風には為す術がない。急いで部屋を出ると、階段を駆け下りてリビングへ直行した。





「日向さん!」
「なんだよ疾風、どうかしたのか?」

サッカー雑誌から顔を上げた日向は、息を切らして駆けてきた娘のボーイフレンドをのんびりと見上げる。

ちゃんが大変なんです」
が?」

疾風の慌てっぷりから、具合でも悪くなったのかと勘違いしたのだろう。二人して二階へと続く階段を駆け上がる。

「なあ、がどうしたって言うんだよ」
「それが、ちゃん……」
「具合でも悪くなったのか?」
「そういうわけじゃないと思うんですけど……」

自分の口から言って良いのだろうか、が「お漏らし」をしたなんて。とにかく来て、と日向の腕を引っ張った。
部屋のドアは開きっ放しで、疾風が出て行った時のままになっている。

ちゃん、日向さん呼んできたよ」
、どうしたんだよ」
「パ、パパぁ……」

二人の足音を聞いて泣きじゃくっていたが顔を上げたけれど、すぐにその顔はくしゃくしゃとまた泣き顔に戻る。

ちゃん、その、トイレ我慢してたみたいで……」

しゃくり上げるばかりで何も言えないに代わって、疾風が言い難そうに告げると、日向は小さく息をついた。

、大丈夫か?」

愛娘はふるふると首を横に振る。辺りを見渡せば、バケツの水を零したように床が濡れている。

、オシッコ出ちゃった……。がまんできなかった……」
「うん」
「はやてくんの前で、ちっちしちゃったなんて、はずかしいよぉ……」
「うん」
「いっぱい、しちゃった……」
「ほんとだ、すげー濡れてる」

馴染みのある赤ちゃん言葉。幼児退行現象という言葉を知らない疾風でさえ、ドアの所に立ち尽くしたまま、身震いするような興奮を味わった。

(いつもはしっかりしてるちゃんが、赤ちゃんみたいなこと言ってる)

日向は宥めすかしながら、を立ち上がらせる。脚の間からポタポタと落ちる雫。

、これで全部?もうしたくない?」
「ちょっと……」
「ちょっと出そう?」
「ん……」
「じゃあここでしちゃおうな。我慢しなくていいからさ」
「うぅ……」

はぎゅっと目を瞑り、体に力を入れる。疾風から見ると、決して「ちょっと」ではない量のオシッコが床に叩き付けられた。

「うわぁあああああん」

一際高くなる彼女の泣き声。けれどそれは疾風には向けられていない。日向と一緒に部屋に入った時から、彼女の瞳には父親しか映っていない。

「大丈夫だから、そんなに泣くなって」
「わああああんっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「怒らないから。たまたま失敗しちゃったんだよな」
「だって、男の子の前で言えなかったんだもん」
「でも、漏らしちゃったほうが恥ずかしいだろ。今度からちゃんと言うんだぞ」
「ふええぇぇ……」

日向は優しく娘の頭を撫でてやっている。

ちゃんって、本当は甘えたがりな子なんだ……)

パパどうしよう、、二回もおもらししちゃったよぉ。
幼稚園児みたいな舌足らずな声が頭にこびりついて離れない。

「疾風、悪ぃけど、バスルームからタオル何枚か持ってきてくれる?」
「あ、はい、わかりました!」

階段を駆け下りながら、ジーパンの股間がはちきれんばかりに膨張しているのがわかる。

(だって、あのちゃんが……)

誰よりも綺麗で可愛くて優しい。クラス委員で、成績は学年トップで、来年の秋にはきっと生徒会長になって、後輩からの視線も独り占めするに違いないのに。
てっきり、仮にお漏らししても泣いたりしないんだと思ってた。羞恥に頬を染めながらも、「ごめんね」とか言ってそそくさ後始末をして何事もなかったようにするんじゃないかと。バスルームに備え付けられている脱衣所の棚からバスタオルを引っ張り出している間にも、の泣き声が微かに聞こえてくる。嗚呼、なんて可愛い。





両手にいっぱいのタオルを抱えて部屋に戻っても、はまだしくしくと泣いていた。

「悪いな、疾風にまで迷惑かけちまって」
「いや、迷惑とかじゃないです、ほんとに」
「取り敢えず着替えさせるから、それまでリビングにでも行ってろ」
「わかりました」

そうか、汚れた下着を脱がなきゃならないんだ。思わず喉の奥が鳴った。まだ見たことのないの裸体。できるなら自分が代わりに汚れた箇所を拭って新しい下着を穿かせてあげたい。
日向にはリビングに行くよう言われたけど、ドアは開け放されたままで、疾風は部屋を出るとドアの外の壁に背中をくっ付けて座り込んだ。少し首を伸ばせば、部屋の様子を窺うことができる。しかも日向は自分に背中を向けているし、も俯いたまままだグズグズ言っているので、気付かれることはない。

、ほら、スカートびしょびしょのままじゃ気持ち悪いだろ。お着替えしような」
「や、自分で脱げるもん……っ!」
「じゃあ、スカートと下着脱いで」
「う、ん……」

そうは言っても、ピッタリと張り付いたショーツはなかなか脱げないらしく、結局は父親の手を借りている。

(うわぁ、あんなにビッショリ濡れて……)

しかも可愛らしい花柄模様の、小学生が穿くような機能性重視のパンツ。本当に小さい子がお漏らししたみたいなのだ。

もう中学生だろ、トイレくらい行きたいって言えるようにならなきゃ」
「いつもは、ちゃんと言えるもん……」
「なんで今日は言わなかったんだよ」
「だって、疾風くんの前で言うの、恥ずかしかったの」
「でも余計恥ずかしいことになったろ」
「うぅ……」

その瞬間を思い出したのか、の瞳からまた涙がポロポロと零れ落ちる。

「あ、ごめん、泣くなって。パパは怒ってるわけじゃないから」
「だってぇ……」
「好きな子の前だから言えなかったんだよな」

のママもそうだったよ。俺の前では何も言わねぇんだよ、アイツ。今じゃデリカシーの欠片もないヤツだけどな。昔はみたいだったんだよ、も。
疾風の脳裏を、途方もなく美しい顔が過る。まさかあの人も今のと同じように、恋人の前で粗相してしまったりしたのだろうか。そうだとしたら、きっとその姿はの何倍も煽情的だった筈だ。あんなに美しい人はいないのだから。

(日向さん、つくづく羨ましいポジションにいるよなぁ)

疾風はそうっと部屋の中を覗き見る。のショーツは脱がされて、つるりとした性器が露になっていた。産毛すら生えてなさそうな、遠目に見ても白く滑らかな恥丘。割れ目までくっきりと見えて、一度治まりかけていた股間の熱がまた一箇所に集中するのを感じた。

、本当に小さい子みたいだな」

心中を見透かしたかのような日向の台詞。は真っ赤になって俯いている。
ほら、これで綺麗になったから、新しい下着穿こうな。はこくりと頷き、父親がクローゼットから取り出した新しい下着に足を通している。

「たくさん泣いたら、疲れちゃった……」

は眠たげに泣き腫らした目を擦り、ぽつりと呟いた。たどたどしい、幼児のような声音で。

「どうする?疾風に、少し休ませてくれって俺から伝えようか?」
「うん」
はその間、少し寝てろ。じゃあ、パジャマのほうがいいよな」
「お気に入りのクマさんのパジャマがいい」
「はいはい」

日向はベッドサイドに綺麗に畳まれているテディベア模様の寝間着を手に取り、優しくに着せてやっていた。

「体冷さないようにしろよ、女の子なんだから」
「ん……」
「あと、あれだけたくさん出した後だから、少し水分補給しような」
「はぁい」

でも、その前に……。はもじもじと背の高い父親を見上げている。疾風から見ても反則なほど可愛過ぎる上目遣い。

「なんだよ」
「パパ、抱っこして」
「はぁ!?」
「だってなんか体がきついんだもん。抱っこして欲しいの」

ねぇ、パパぁ……。疾風が初めて聞く、媚びるような彼女の声。

「わかったよ。ついでにリビングに降りて、疾風に暫く休憩しようって言うか」
、疾風くんとお顔合わせられないよぉ」
「パパが言ってやるから」

日向が濡れた所を手早く拭き上げ、「後でママに話して、きちんと掃除してもらおうな」とに言い聞かせている。

(やべっ、バレる……)

疾風は転がり落ちるように階段を駆け下り、何事もなかったかのようにリビングのソファでサッカー雑誌を読んでいるふりをした。
やがて日向に抱かれたまま下りてきたは、父親の肩口に顔を埋めたまま疾風のほうを見ようともしない。

(それはしょうがないよな……)

男の自分でも、同じ状況だったら暫く恥ずかしくて顔を合わせ辛いだろうから。

「疾風、悪かったな、その、色々と」
「おれは大丈夫です。それより、ちゃんは……」
「ああ、コイツは見ての通り、泣き疲れたみたいで」

ちょっと休ませるからお前も休憩しろよ。それか勉強はもうやめて、俺とサッカーでもするか?疾風には後者の提案のほうが魅力的なので、二つ返事で承諾した。

「日向さんとボール蹴りたいです」
「じゃあ、を部屋に寝かせたらサッカーしようぜ。どうせもうすぐが帰ってくるから」

噂をすれば、「ただいまぁ」と華やかな声を上げての母親、がリビングへとやって来る。

「え、ちゃんどうしたの!?パパに抱っこなんかされて」
「あー、、ワケは後で話すけど、あのさ……」
「なになに」

日向は愛妻の耳元に唇を寄せ、多分、がお漏らししたことを伝えたのだろう。はデリカシーがない、とさっき日向が称した通り、「ええ、ちゃん中学生にもなってお漏らししたの?疾風くんの前で!?」と素っ頓狂な声を上げている。が小さく洟を啜る音が聞こえて、また泣いているのだとわかった。

、もうちょっと配慮してやれよ、だってショックなんだぞ」
「あ、ごめんなさい」

まさに、「てへぺろ」といった表情を作って、は父親に抱かれているの顔を覗き込む。

ちゃん、オシッコ漏らしちゃったんだって?ダメだよぉ、お漏らしする前にちゃんと言わなきゃ」
「はい……」
ちゃん、いい子だからなかなか言えないんだよね。でもね、後でちゃんが恥ずかしい思いをすることになるから、言えるようになろうね」
「はぁい……」
「じゃあママ、お部屋のお掃除が終わったら呼ぶから、それまで何かあったらパパに言ってね」

が頷いたのを確認してから、はその美貌を疾風に向けた。

「疾風くん、せっかく来てくれたのにこんなことになっちゃって、本当にごめんなさいね」
「いえ、おれは本当に大丈夫ですから」
「せめてものお詫びっていうわけじゃないけど、ケーキ食べて行ってね」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ、疾風くんの為に買ってきたんだし」

柔らかな表情で抱き上げた娘に話しかける日向と、疾風には見せたことのないようなあどけない笑顔で応じるの姿をこれ以上見ていたくはなかったし、何より自分が焦がれて止まないが手招きしてくれるので、彼は花の香りに誘われるようにしての後を追った。

かなり長くなりました。