憧れの人―後日譚―

十二月の教室は、相変わらずウイルス性の胃腸風邪が蔓延している。空席の多い室内を見回し、若島津と反町は顔を見合わせて溜息をついた。

「俺たちも気を付けないと、選手権が危ないよな」
「ほんとだよな」

もうすぐ全国高校サッカー選手権の全国大会が始まる。東邦学園高等部で日向が掲げた全国三連覇という目標の、最初の年。誰か一人でも今のレギュラーメンバーが欠けたら優勝は不可能だろうから、この時期は特に気を遣う。

「あ、さん」
「風邪、もう良くなったのかな」

一人の美しい少女が、弱々しい足取りで教室に入ってくる。。日向の彼女で、若島津と反町の想い人で、学園中はおろか、東京都下の男子学生の人気を集めて止まない美少女である。

さん、おはよう。風邪はもう良くなった?」
「うん、心配してくれてありがとう。まだお腹の調子が完璧じゃないけど、しょうがないよね」

困ったように苦笑するを見て、若島津は三日前の光景を思い出した。放課後の保健室。高熱があり、腹を下していた彼女は、失便を防ぐために新聞紙を床に用意しようとしていた矢先に失禁したのだ。湯気を上げる水溜りの中に立ちすくんで泣く小さな少女。脱がしたショーツはしとどに濡れ、後ろのほうには授業中に漏らしたと思しき液便が付着していた。改めて、人形のような見た目のも生身の人間だったのだと認識させられたものだ。
しかも更に彼女にとって恥ずかしかったのは、着替えの下着が紙パンツだったことだろう。老人介護などに用いられる履くタイプの紙オムツ。ふと、彼女はあの中に用を足したりしたのだろうかと考え、その不埒な想像を慌てて打ち消す。

(具合悪かったんだから仕方ないだろ。仮にそうだとしてもアクシデントだ)

とは言うものの、の腰の辺りに視線が向いてしまうのはどうしようもない。

(なんか、スカートの後ろが膨らんでるような……)

よくよく目を凝らさなければわからないほどの変化だし、元々は華奢なので、少し体操着を着込んだり厚めの生理用ナプキンを当てただけでも同じように見える。だが、ひょっとすると、という思いは拭えない。

(まぁ、仕方ないよな。病み上がりだし)

親が用心の為に穿かせているのかもしれないのだ。若島津は邪念を振り払うかのように軽く首を横に振って、予鈴が鳴ったのを潮に自分の席へと戻った。





まさか高校生になって紙オムツのお世話になるとは。
はウイルス性の胃腸風邪があんなに恐ろしいものだとは知らなかった。吐き気こそ軽かったものの下痢が酷く、二日間学校を休んで自宅にいた間は便器から離れられなかった。見かねた母親が紙オムツを買ってきて、は抵抗したけれど、一度失敗して泣く泣く受け容れたものである。見舞いに来てくれた日向も、流石に揶揄おうとはしなかった。

―――俺が小学生の頃妹と弟が同時に罹ったけど、より酷かったぞ。

その時あなたの弟さんや妹さんはまだ赤ちゃんでしょう。だからこんな格好でも恥ずかしくないじゃない。はそう反論したけれど、それくらい症状が激しいってことだよ、と言い含められてしまった。確かに、吐かないだけまだマシですよ、とは医者にも言われた。
元々が健康優良児なので、発症してから二日目にすぐ熱は下がり、一日休んで四日目の今日は腹具合に若干の不安を残すのみだったので登校したのだが。

(でも、念の為こっちにしてて良かった)

時折差し込むような腹痛に襲われ、グジュッと嫌な音を立てて液便が漏れる。休み時間の度に、生理を装って大きめのポーチに入れた新しいオムツと交換していた。
そのうえ、いくら食欲が戻ったからといって、普通に弁当を食したのはマズかったようだ。昼休みを終えてから、またしても腹の調子は下降線を辿り、五限目の授業中には耐え切れずに完全な下痢便を漏らしてしまった。

(ほ、本当に普通のパンツじゃなくて良かった……)

恥ずかしいとかいう感情はとっくに通り過ぎ、胸を満たしたのは安堵である。しかもその直後に、クラスの女子が椅子に座ったまま水様便をぶちまけるという悲劇が起こった。悲鳴と甲高い泣き声が交錯する中、はこっそり教室を抜け出してトイレに駆け込み、その間に自身は新しいオムツと取り換えたのだが、あんな風にならなくて良かったとただただほっとしたものである。
それが五限目の出来事で、六限目の途中にはの体調もだいぶ回復していた。

(お腹も、もう大丈夫そう)

あれから一度も漏れてない。家に帰って風呂に入ったら、普通の下着に戻しても大丈夫だろう。長かった、と嘆息したのも束の間、ぞくりと背中を駆け上る悪寒に気付く。

(あ、普通にお手洗いに行きたい……)

所謂、「小のほう」をしたい。と同時に、先程の女子が漏らした便臭に刺激されたのか、微かにまた腹が雷鳴のような音を立て始めている。

(うぅ、どっちも行きたいって辛い)

仕方なく股間に力を入れるが、体力が戻り切っていないのか、ジュワァと尿が漏れ出した。かさかさと擦れていた乾いた感触が、徐々に湿り気を帯びていくのがわかる。

(は、ぅ……)

チョロチョロとおちびりすると、その温もりは心地良くさえ感じ、は慌てて力を込めた。飽くまでオムツは非常の手段であることを忘れないようにしなければ。布のパンツに戻った時、同じようにしてしまいかねない。
不吉な音を立てる腹を抱え、何とか六限目を終えた。帰りのショートホームルームもあっさり終わり、今日も日向はサッカー部の用事で不在にしているから真っ直ぐ帰ろうとした時、しくしくと腹が痛み出し手を止める。

「っ痛……」

おちびりで濡れたオムツで腹が冷えたのだろうか。体をくの字に曲げていると、「さん」と心配そうな声が降ってくる。

「わ、若島津くん……」
「これ、休んでた時のプリント、渡そうと思ったんだけど……大丈夫?顔色悪いよ」
「なんか急に、お腹痛くなって」
「トイレ行ってきなよ」
「う、うん、そうする……」

しかし足を一歩踏み出したところで、猛烈な痛みに耐えかねて思わずその場にしゃがみ込んだ。

「うぅ……」
さん!?」

幸い、ただでさえ出席人数の少なかった教室は、もう全くと言って良いほど生徒は残っていない。

(やだ、出ちゃう)

唇からは切れ切れの吐息が零れる。ムリュ、と尻に不快な感触があって、その後は堰を切ったようにグシャグシャと軟便が溢れ出た。静かな放課後の教室に、ビリビリという不快な音が小さく響く。

「嫌あぁぁぁ……」
「あー、トイレ間に合わなかったかな?」
「う、うゎぁぁぁん」
「泣かないで。まだ出るなら、全部出したほうがいいよ」
「ぅっ……えっぐ……」
「よしよし、本調子じゃなかったんだよな。大丈夫、誰も見てないから」

若島津に髪を撫でられ、は泣いた。けれど便意には抵抗できず、思わず息んでしまう。

「うぅー……」

ニュルっとした細い軟便を最後に、下痢は止まった。が、息んだ拍子に今度は我慢していたオシッコが勢い良く放出される。

「あ……」

シャアアアァー、と澄んだ水音が若島津の耳にも届いたのだろう。彼は驚いたようにのスカートに視線を転じた。後ろがこんもりと膨らんでいるのが自分でもわかる。それに普通の下着ならとっくに排泄物で床が汚れている筈だから、オムツであることには気付いただろう。
途端に、の顔は燃えるように熱くなる。

「もしかして、両方ともしちゃった?」
「……」

唇をぎゅっと噛み締めたまま、こく、と小さく頷いた。そうか、と上擦った声で答える彼がどんな顔をしているのか見る勇気はない。

「新しいる?」
「うん……」
「一人で着替えられる?」
「うん、多分……」

とは答えたものの、自信はなかった。こんなに大量に、しかも両方漏らしたのは初めての経験である。モタモタと動かないを案じてか、若島津は「一緒に保健室に行こうか?」と申し出てくれた。

「でも、若島津くんは部活が……」
「いいよ、ちょっとくらい遅れても」
「じゃ、じゃあ、一緒に来てもらっても、いいかな……」
「うん」

は恐る恐る立ち上がる。何とか漏れていないようだ。小さくて華奢な彼女は子供用のオムツが入るので、大容量吸収のものを購入していて良かった。





保健室は、数日前同様に阿鼻叫喚図の様相を呈していた。銀の盆を抱え込むようにして嘔吐する生徒、と同じように下痢を漏らして教師や知人が世話をしている生徒。そういえば今日の授業中に漏らした女子はそのまま早退してしまった。

さん、スカート持ってて」

前回と同じくパーティションで区切られたベッドの陰で、若島津はを新聞紙の上に立たせてゆっくりとタイツを下ろす。

「大丈夫、汚れてないよ」
「良かった……」
「うん」

紙オムツはずっしりと重く膨らみ、なかなかそのまま脱がせるには難しそうだった。

「これ、両サイドを切ったほうが早いかも」
「え……」

でもそうしたら、形を保っている便はコロコロと落ちてしまう。の考えを察したのか、若島津は言い難そうに隣のベッドを示し、「ベッドの上に仰向けになれる?」と訊いた。

「や、ぁ、恥ずかしいよ……」
「でも、このままだと体が冷えて、せっかく風邪も治りかけてるのに悪化しちゃうよ」
「そうだけど……」

押し問答の末、は渋々ベッドに上がって横になる。羞恥の余り、手で覆った瞼に涙が浮かんだ。

「泣かなくていいって」
「ふぇ……」
「ちょっとお尻上げようか。汚れちゃうからね」

オムツが外されると急に下半身がすうっとして、残っていたと思しき尿がじわじわと敷かれたそれに吸収されていくのがわかる。

「あ、あぁっ……」

十六歳にもなって、親友の、しかも異性の前でこんな恥ずかしい格好を曝け出すことになるなんて。

「おしっこ全部出た?」
「うん、ぜんぶ、出たよ……」
「じゃあ、綺麗にしようね」

なんだか赤ちゃんに戻ったようでくすぐったい。考えてみれば、今の体勢は赤子がオムツを換えてもらう時と同じなのだ。

(恥ずかし過ぎるよ……)

しかし若島津は気にした風でもなく、濡れたタオルで丁寧に汚れたところを拭き取って、新しいオムツを穿かせてくれた。

「これで大丈夫。タイツは自分で穿けるだろ?」
「あ、当たり前でしょ……」

揶揄われて、はますます顔が赤くなる。
タイツを穿いてスカートを直すと、まるでお漏らししたことなんて嘘のように腰の周りがスッキリしていた。

「若島津くん、ありがとう。あとは大丈夫」
「それなら良かった」
「本当に、助かったよ。ごめんね、汚かったでしょ」
「気にしないで」

洗ったばかりの石鹸の香りがする手で、若島津はの髪を撫でる。
早く元気になるといいな。その声があまりに親身に響いて、は胸の中がぽっと温かくなるのを感じた。

詰め込めるだけ詰め込んでみました。