「代償」―『妹はアイドル』シリーズ

はクラス一、いや学年一の人気者である。今が全盛期のトップアイドルという立場にありながら、その人気を全く鼻にかけたところのない謙虚な態度、明るくて面倒見の良い性格。それに加えて抜群の容姿、成績、運動神経と三拍子揃っているので、誰もが尊敬と憧れの眼差しで見つめていた。
今日も、クラスで気の弱い女の子が授業中にお漏らしするというハプニングが起こるとすぐ、その子の傍に駆け寄ってはきはきと声をかける。

「大丈夫、○○ちゃん?」
ちゃん、私……」
が保健室までついて行ってあげるから、安心して」

は勇ましく立ち上がると、彼女の手を引いて保健室へと連れて行った。養護教諭にてきぱきと事情を説明し、頭を下げて自身は教室へと戻る。クラスメイトに、「○○ちゃんを揶揄ったりしないように」と釘を刺すことも忘れない。まさに女王の貫録を見せつけられ、クラスには誰一人として○○ちゃんを揶揄おうなんて考える不届きな輩は出てこない。後始末を終えた○○ちゃんは何事もなかったかのようにクラスに迎え入れられ、平穏な学校生活を続けていくのだった。





……って、人のお世話はできるんだけどなぁ。
は溜息をつきながら自宅の玄関をくぐる。

(学校を出るまで大丈夫だったのに……)

今日こそはトイレの失敗はしない、と心に固く誓って過ごしていたというのに、まさか帰り道に失敗してしまうとは。スカートの中で、子供用の紙おむつが重たくなっているのを感じる。
少し前、仕事と学業の両立による多忙が原因で体調を崩し、膀胱炎の悪化から重度の頻尿になってしまった。それまでトイレに間に合わなかったことなんて数えるほどしかなかったのに、一気に失禁とおねしょの回数が増えてしまったのである。

―――ちゃんは人気絶頂のアイドルだから。

おかしな噂が立ったりしたら大変、と両親と女性マネージャーが話し合った結果、学校へは紙おむつを着用して通うことで話が纏まった。も、自分のパブリックイメージに傷が付くよりは何百倍もマシなので、学校ではおむつ着用という、中学一年生となった今では屈辱的な格好も甘んじて受け容れた。
幸い、おむつを穿いているという安心感からか、昼間の失敗は徐々に減り、最近では以前と同じようにトイレで排泄できる回数も増えていたのだ。しかしながら今日は家へ帰る途中、我慢が利かずにおむつの中におしっこをしてしまった。制服の後ろがこんもりと膨らんでいるのが恥ずかしくて、急ぎ足で帰ってきたところなのだ。

「ただいまぁ」
「おかえりなさい」

リビングから忙しなく出てきた母親が、に気付いて声をかけるけれど、何やら急いだ様子で二階へと上って行った。不思議に思いつつも、緩慢な動作でローファーを脱いでいると、「、帰ってきたのか」と父親が出迎えてくれる。

「パパ、ただいま。ママどうしたの?なんだか忙しそう」
「ああ、麗奈が具合悪くなったとかで、早退して帰ってきたから」
「お姉ちゃんが?」
「風邪引いて咳が酷いらしいから、も移されないようにな」
「ん……」

おむつの中におしっこをしてしまった後はいつも心許ない気持ちになる、とは思う。ポンポンと頭を撫でてくれる父親の手が離れていくのが心細くて、でも甘えていると思われるのは癪なので、唇を噛んで俯いた。

?」
「……」
「なんだよ、急に黙り込んで」
「……」
「あ、もしかしてお前……」

赤ちゃんのおむつが濡れていないか確かめる時と同じように、父親の指先が徐にスカートの中に触れ、の穿いているおむつの横裾から吸水面を探る。

「あ、だめ……っ!」
「あー、やっぱ濡れてる」
「ほ、放課後まで我慢できたもんっ……」

帰り道にしちゃったんだもん……。かあっと頬が熱くなるのを感じながら、は必死に弁解した。今日はお漏らししたのこれが初めてだから、あとは全部おトイレでちゃんとできたんだよ。

「わかったって。取り敢えず、これ換えなきゃな」
「お家だからもう普通のおパンツでいいよね?」
「何言ってんだよ、麗奈が寝込んでるのに。そのうえの世話までできるわけねぇだろ」

今日は念の為おむつのままにしとこうな。
はいやいやと首を振る。もう中学一年生だよ、恥ずかしいよ。

、麗奈の具合が良くなるまでだって」
「もうお漏らししないもん」
「わからないだろ、疲れてたりしたら余計に我慢できなくなるんだから」

確か医者の説明では、膀胱炎の悪化に伴う極度の頻尿症で、膀胱の機能が酷く弱まっているとのことだった。今のの場合は、二〜三歳児の膀胱の機能しか果たしていないらしい。つまり、普通の中学生が膀胱に溜められる量の尿を、溜めておくことができない。だから「おしっこに行きたい」と思った次の瞬間には漏らしているような状態で、排尿のコントロールが殆ど利かないのである。それでも服薬と気合と根性で、当初の状態よりはかなりマシになった。病気だから仕方ない、と両親は割り切っているようだが、負けず嫌いのからすると、どうにかして早く克服したくて堪らない。

(大体、一番人気のあるが、こんな恥ずかしい格好してて良いワケがないのよ)

その気負いが却って症状を悪化させているとも知らずに。

(ああ、だけどやっぱおしっこ我慢できないかも……)

一瞬、ゾクリと背筋を悪寒が駆け抜けて、弱気になった隙を逃さずシイィィーというくぐもった水音がおむつの中に響いた。思わず足を擦り合わせ、体をくの字にしてしまう。

「は、ぅ……」
「あ、ちょ、……!」
「うぅ……」

羞恥と放尿の解放感で零れる吐息は熱い。少量しか出なかったけれど、それでもお漏らししたことには変わりない。俯いたまま涙の浮かんだ瞳をゴシゴシ擦っていると、「これでわかっただろ」と言い聞かせるような父親の声が降ってきた。

「ん……」
まで風邪引いたら大変だから、早く着替えような」
「うん……」

バスルームに連れて行って貰い、二回分のおしっこを吸収したおむつを脱がして貰う。

「やぁ、見ないで……」

檸檬色に染まってモコモコと膨らんだ吸水体は、何度見ても恥ずかしい。

「うわぁぁあん……」
「泣くなって、ほら綺麗にしような」
「っく……ひっく……」

学校では、お漏らしをした○○ちゃんに、「泣かないで、誰にだって失敗はあるんだから」なんて言ったけれど、だっておむつの中にしてしまった日はいつも泣いてしまう。この先ずっと治らなかったらどうしよう。不安で寄る辺なくて、つい気持ちが不安定になってしまうのだ。

、泣き止めって」
「だってぇ……」
「どうしたんだよ、どっか悪いのか」

新しいおむつを穿かせて貰い、制服から部屋着に着替えさせられてもまだ、は泣きじゃくっていた。

「ちが……ぅ」
「学校でなんか嫌なことでもあった?」
「うぅん」
「じゃあ、なんで……」
「わかんない……」

自分でも、なんでこんなに心細いのかわからない。いつも、汚れた紙おむつは母親が着替えさせてくれていた。母はただ娘の病状を案じているようで、「早く良くなるといいわね」と優しく頭を撫でてくれる。ありがとう、ママ。そう告げると嬉しそうに笑ってくれるので、もなんだか嬉しい気持ちになったものだ。
けれど父親には、なんだか別の感情が沸く。否、たまたま甘えたいと思っていた時に父親が目の前にいただけだろうか。母親でも、同じように接したのだろうか。

が泣いてばっかだとなんか調子狂うぜ」

そうは言いつつも、甘えられて悪い気はしないのか、父親はを幼児のように抱っこしてくれる。リビングに移動し、を膝の上に載せてテレビのスイッチを入れた。ちょうど、がヒロインを務めた学園ドラマの再放送が流れている。

「こうして観るとやっぱ可愛いな、は」
、可愛い?」
「ああ、一番可愛い」

洟をグズグズ言わせながら顔を上げた。テレビの大画面には自分の顔のアップ。気の強い女の子を演じている自分は、今のとは別人みたいだ。

「イタリアにいると、日本のドラマって観れねぇからさ」

録画できるものは母親が録画して送っているが、なんせ一日のテレビ番組だけでも出ている本数が多過ぎて、到底カバーしきれない。父親は興味深そうにテレビに見入っている。

、このドラマあんまり上手く演じられなかった」
「そうか?全然違和感ねぇけど」
「それなら良いけど……」

悲しむ時の表情がイマイチだな、とか、もう少し感情を込めてこの台詞は言うべきだった、とか。次回に活かそうと、いつの間にか熱心に分析している自分がおかしい。仕事はどれだけストレスと疲労が溜まろうが、体を壊そうが、好きだった。そうして大人でも過酷と言われるスケジュールをこなしているのだから、その激務の代償が紙おむつで贖えるなら良しとせねばならないのかもしれない。

(ぁん……、また)

パパ、おしっこ行きたい。そう言おうとしたけれど、父親の腕はしっかりとの腰に回されている。身じろぎして擦り抜けようとしたけれど、間に合わなかった。





「……っ」
「え」

シュウゥゥゥーと小川のせせらぎのような音が聞こえ、日向はを載せていた太腿の辺りに生温かさを感じた。

「あっ、やっ……」
「大丈夫、わかったから、じっとしてろ」

慌てて腕から擦り抜けようとするを後ろから羽交い絞めにして落ち着かせる。彼女は一旦泣き止んでいたのに、また声を上げて泣き始めた。

「うわあぁーん」
「よしよし、泣かなくていいからな」

つくづく、紙おむつにしておいて良かったと思う。これが普通のショーツだったら、今頃自分の服までびしょ濡れになっていたところだ。
をリビングの床に立たせる。デニム生地のジャンパースカートは、外から見ても中に手を差し入れても濡れている感触はなく、一先ず安堵した。

、着替えとタオル持ってくるから、そのままでいろよ」
「や、あ、まだ出ちゃう……」

言うや否や屈み込んだかと思うと、さっきよりも激しい水音が紙おむつの中に響く。吸水量はギリギリ大丈夫だろうけど、これではもう立ち上がれないだろうな、と両脇の下に腕を差し入れて抱き上げ、バスルームへと連れて行った。





ジャンパースカートを捲り上げ、穿くタイプの幼児用おむつを脱がせると、紙おむつはずっしりと重くなっていて、中はもう濡れていないところを探すのが困難なほど水分を吸っている。中学一年生だというのに、毛穴すらないつるりとした恥丘を見ると、本当に幼児の世話をしているようだ。母娘三人揃って同じなので、遺伝の薄いところを引いたのだろう。おかげで後始末が楽なのは助かるのだが。

、病気治るのかなぁ……」
「治るさ。その為にお薬飲んでるだろ」
「うん……」
「家にいる間は、漏らしても気にしなくていいから」

石鹸のついたタオルで無毛の割れ目を拭いてやる。

「これじゃ、クラスの子のお世話なんてできないね」
「はは。まあ、いいじゃねーか。クラスの子達はがそんな病気だって知らないんだから」
「そっか」
「そうだよ」

なんでも、今日のクラスで女の子がお漏らししたらしい。その子を保健室に連れて行ってやり、クラス全員に揶揄ったりしないよう言い聞かせたのだそうだ。
そんな人気も人望も人一倍ある彼女にこれくらいの秘密があってもいいだろうと、日向はまだ元気のない愛娘の背中を励ますように撫でた。

こういう話を書くのが一番好きかもしれません。